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復興屋台村 “気仙沼横丁” を存続させたい。「絆」をつなぐプロジェクト

2017年03月12日 13:55
復興屋台村 “気仙沼横丁” を存続させたい。「絆」をつなぐプロジェクト



屋台村気仙沼横丁を残す会 代表 熊谷美幸さんは、1度食ったら忘れられない

緑ホルモン
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を出してくれる、七輪屋500.comの店長さんでもある。このプロジェクトを盛り上げたい! 詳しくはプロジェクトのページを読んでもらうとして、復興屋台村が取り壊しとなってしまい、近日中に閉村式が行われる。しかし多くの店舗が路頭に迷うことになるのだ。どんな形になっても、出来るならあの場所の近くで似たような形で、営業が再開出来たら良いなと思う。

震災のこと、政治のこと、他にも大好きな沖縄の事情のことなど、俺が語るには難しいことは特にネットではなるべく発言を避けてきたつもりだしそれはこれからも変わらない。でも目を逸らして良いことではない。だから最初にBUBBLE-Bさんに軽いノリで「気仙沼に行きませんか?」と誘ってもらえたときは嬉しかった。何次情報かもわからないソースと呼べるのかもわからないソースを元に、能書きや想像だけを巡らせている状況を変えられる。まさに百聞は一見に如かず、を成せるチャンスであり自分を変えるチャンスだったから。何度もお邪魔した。

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凄い人たちに混ざって自分たちが演奏させてもらえる喜びがあり、単純にお祭り騒ぎをして気仙沼の美味いものを食いまくって帰ってくる笑。それが一体何のためになるの?という気持ちになる人もいるかもしれない。ということであれば俺は何にもならなくて良いと思う。少なくともそういう人のためには生きてないし、自分がそうして良かったなという自己満足で良い。俺たちの演奏を楽しんでくれた人の顔が少なくとも数名は浮かぶのでそれで良い。

最初に気仙沼に行ったとき、震災からだいぶ経ってるにも関わらず、その光景を見てかなりショックを受けた。そのショックは何年経ったから消化できるというようなものではなく、今でも悲しみ、自分への怒りと共に行き場のない怒りがふとした瞬間に思い出されこの先もずっと付き合ってゆくものになる。

自己中心的な人間なので、自分の人生、時間をなるべく最大限に充実させたい。だから大きなコミットは出来ないし薄いつながりにはなる。でも俺を誘ってくれる人がいる限り、また気仙沼に行きたい。何度か行ったとはいえ、気仙沼横丁 事務局長の小野寺雄志さんをはじめ、七輪屋のご夫婦もそうだし、そういった人々の顔をいつでも思い出せるようなことが今までの俺の人生には無い。適当で無礼だからイベント関係やハコの人の顔なんかをすぐ忘れてしまう。(申し訳ございません) 

俺自身こんな感じだし、誰もが「自分ごと」として震災の被害や被災地のこれからと真正面から向き合う義務は無いと思う。マイナス面はさておき、思わぬところで誰かの何らかの行動が諸問題に良い影響を与えていたりもするし、基本的にはどんなに辛くてもそれに浸り過ぎて自家中毒になることなく前を向いて生きてゆくしかない。



このプロジェクト、クラウドファンディングにお金を払って!という気持ちもあるけど、そこまで行かなくても少しは関心を持ってもらって、SNSでシェアするなりしてくれたら嬉しい。


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