トーニャハーディング is still aliveTOP ≫  漫画  ≫  お誕生日プレゼントの御礼 変ゼミ

お誕生日プレゼントの御礼 変ゼミ

2013年09月29日 22:45
「変ゼミ」という漫画の1〜7巻をいただいた。

乱暴に言うと色んなフェチを
実践・研究する大学ゼミ+ラブコメの内容で、
内容の性質上キャラ自身が何重ものメタさを
楽しんだり俯瞰する必要があるようで、
読者として最初は没入するのが
とても難しい漫画だった。

しかし・・・

アイドルとかアニメとかエンタメとか

「何でも元ネタありきなんでメタを楽しもうよ☆」

と開き直ってばっかじゃねーか!
と普段憤ってばかりの俺が不思議に
引きこまれていく。

それはキャラの強さだったり
登場人物の微妙な人間関係の均衡を
面白いと思えたからなんだろうな。

元々自覚しているフェチをつつかれて
楽しむ人もいれば、この漫画に
新たな扉を開発されていくような
楽しみ方もあるに違いない。

フェチモノのビデオ屋さんで目当ての
コーナー以外のものを目にしてしまい、
最初は生理的に合わずに拒否反応を
示してしまったり慣れなかったものが、
時間や経験を伴うごとに徐々に

「自分もこんなフェチがあるわけだし」
「あっちのジャンルだけキモいってことはない」

などとなってゆき、背徳感なども
交えながら興味へと変わってゆく・・・
そんな体験を思い出した。
当然無理なものは無理よ。

なので、何度か繰り返し読んで、

変ゼミ(8) (モーニングKC)
変ゼミ(8) (モーニングKC)

自費で最新の8巻を購入。

変ゼミ特有のグルーヴなのか、
大胆さの中にあるむず痒さみたいなのが、
微妙にクセになってしまっている。

アイドルヲタにも見られる一連の構造、

・Aというアイドルグループを好きなB子

・B子を好きなC太郎

・C太郎の挙動を面白がるDグループ

・Dグループの挙動を面白がるEグループ

・・・とどこまでもループしていき
(実際は何にせよそこそこの歩留まりがあるが)
それが(インターネット上で)
可視化されたり知り合いについて
わかってしまったりするのが
個人的には非常に気持ち悪い。

それと似たような感覚が、
性癖やメタ視点を面白がるものには
変ゼミも含めてどうしても出てくるのは
仕方ない。

基礎知識や教養みたいなものは
何かを為すときには必須であるが、
アイドルにハマったり、性行為中に、
そんなあれこれを考えながらやるのではなく、
トランスの果てに自我の崩壊というか
滅私のような状態を得ることこそが
本質なのではないかと考えるからだ。

そう考えてみると幼稚園や小学生でも
ダメとわかるような迷惑行為や犯罪を
やめられない連中は、浅いところで
「自分だけが気持ち良ければいい」
というエクスタシーを得てはいる。

え、なになにこんなところで
ヲタ芸とかMIX打たないでよ、みたいな。
それ以外にも自分がやりたい
タイミングや場所でやっちゃうこと全般。

でもそうでなく、社会性を保った
ギリギリのところ、もしくは
バレないギリギリのところで
永続的にエクスタシーやオーガズムに
至るのが人間てもんじゃないのか・・・

※マジでさ、バカはわかんないんだけど、
 地球規模でもライブ会場でも良い、
 大人数が自分のことだけじゃなくて
 その場の奴らのことも含めて本当に
 幸せになろうと思って力込めたときの
 トランス状態とか超ヤバいと思うんだよね。
 でも実際はなかなか1つにはなれない。

と俺は思うのだが、変ゼミではそういった
境界的な問題提起もところどころで
されていて面白い。

・・・ところで、普通の恋愛を経て
結婚をし、子供が欲しいなぁ。


 それでは・・・
 Beat your cajon!
 ※「Beat your cajon(カホン)」とは・・・


 DJブログランキング
 ※応援クリックお願いします。


Let's シェア!!
スポンサードリンク

コメント
コメント投稿フォーム:
 上の情報を次回も利用する
評価:      
 絵文字
Copyright (C) トーニャハーディング is still alive. All Rights Reserved.