For English readers: I’ve translated this article into English! You can read it here:
The Records I Couldn’t Let Go #1 – Rumania Montevideo – Still for your love
防音室という小宇宙の中で、レコードの響きは静寂を浸食し、やがて自作曲へと滲み込んでいきました。しかし、その空間は家庭の事情という不可逆な理由により失われました。
数千枚のレコードを手放す中で、記憶と審美眼を総動員し、何を残すべきかを問い続けました。それは単なる整理ではなく、自らの音楽の根源を再定義する行為でもありました。
淘汰の果てに生き残る音がある。
今も沈黙のうちに語りかけてくるその一枚を、今日はご紹介します。
1. 響きと造形──このレコードが宿す音の手触り
ジャケットが物語る時代の息吹、盤面に刻まれた音の質感、そして針を落とした瞬間に広がる世界。その造形美と響きを解き明かします。
2. 記憶の座標──この一枚と私の交差点
いつ、どこで、どのように出会い、なぜ最後まで手放せなかったのか。個人的な体験を超え、音楽が持つ記憶の磁力について綴ります。
3. 音の文脈──DJセットの中でこのレコードはどう生きるか
選曲の流れの中で、どの瞬間に鳴らすべき一枚なのか。フロアの温度と共鳴し、他の楽曲と響き合うことで生まれる新たな物語を探ります。
響きと造形──このレコードが宿す音の手触り
■曲
レコードのジャケット、左折巻き込み注意を示すイラストがとても良いです。これだけでも手放したくない理由の1つになります。
Rumania Montevideoの「Still for your love」は、1999年4月14日にリリースされた彼らのメジャーデビューシングルであり、アニメ『名探偵コナン』のエンディングテーマとしても知られています。
この楽曲は、可愛らしさとあどけなさを兼ね備えたボーカルと、ゴリゴリの歪んだギターサウンドが特徴的です。
また、リバーブの効いたスネアや、不思議な雰囲気を醸し出すユニゾンなど、随所に作り手のこだわりが感じられます。
歌詞には「裸足」「大地」「虹」「空」「十字架」「希望」「白い羽根」「ゆりかご」といった宗教的で不思議な印象を与える単語が散りばめられ、独特の世界観を構築しています。ジャケットデザインも、楽曲の持つ神秘的な雰囲気をむしろ強調し、全体として一貫した美学が感じられます。
このように、「Still for your love」は、音楽性、歌詞、ビジュアルの全てが融合し、独特の魅力を放つ一枚となっています。
時を経て、ルーマニアモンテビデオ御本人たちと思われるYouTubeチャンネルでもしばしば活動の様子がアップされているのが嬉しいです。
記憶の座標──この一枚と私の交差点
このブログの構想を練っていた頃、SNSでふと目にした書き込みが妙に引っかかりました。
「当時、UKサウンドを上手く取り入れたバンドなんて、the brilliant greenくらいしかなかったよね?」
それを目にしたとき、私は地図の片隅に「ここより先、世界は存在せず」と記された探検家の気分になりました。90年代後半から00年代初頭にかけて、日本の音楽シーンにおいてUKロックのエッセンスを取り入れたバンドで商業的に大きな成功を収めたのは確かに少数派だったかもしれません。しかし、それは「少ない」というだけで、「存在しない」と断じるのは、あまりにも大雑把な地図の描き方です。Rumania Montevideoの名を抜きにして、この時代を語るのは不完全です。
彼らのサウンドは、the brilliant greenのような王道のブリットポップとも少し異なります。しかし、硬質なギターの質感、どこか儚げに漂うメロディ、そして静かに燃え続けるようなエネルギーを内包したボーカル。それらが絡み合い、ただ流行をなぞるのではなく、独自の音像を描き出していました。
この曲との出会いは古く、初めて聴いたときから「良い曲だ」と思っていました。しかし、レコードを手に入れたのは、DJを始めてしばらく経ってからのことです。当初はハウスミュージックやジャズのレコードばかりを蒐集し、JPOPや歌謡曲には意識的に手を伸ばしませんでした。
しかし、やがてハウスのグルーヴの中にJPOPを混ぜることで生まれる「違和感の美」に気づき、このレコードも手元に加わりました。その後、ダウンテンポの楽曲もセットに取り入れるようになり、この曲の持つ「静かな強度」をようやく正しく理解できるようになったのです。
「名探偵コナン」そのものには、実のところそれほど思い入れがあるわけではありません。しかし、ビーイング系楽曲との深い関係性は当然知っていましたし、小松未歩「謎」をはじめ、コナン関連の楽曲には 「神懸かり」 という表現がふさわしい名曲が数多く存在します。この曲もまた、単にキャッチーなだけではなく、その奥に潜む張り詰めた静寂こそが魅力なのではないでしょうか。それはまるで、波風ひとつ立たぬ湖面の下で、ゆっくりと渦を巻く深層の流れのようなものです。
このレコードを手にした頃、昔勤めていた会社のことをふと思い出しました。新卒で入社した会社には、かつて音楽業界にいた上司がいて、飲み会でビーイング系の話をしたところ、彼は目を輝かせて「Rumania Montevideo、良いよね!」と即答しました。その瞬間、お互いに 「この話はもっと続けなければならない」 という無言の了解が生まれたのを覚えています。
あの会社には、音楽を心から愛する人々が多くいました。B’zのディスコグラフィーをアルバムごとのギタートーンの違いまで細かく語り尽くす者たちがいれば、カラオケで「天城越え」を完璧に歌い上げる者もいて、飲み会や二次会のカラオケでは熱狂の渦が巻き起こっていました。DJやフュージョンバンド、元・超有名メジャーバンドの方も居ました。リーマンショックという荒波に飲み込まれながらも、音楽は変わらずあの会社の人々のSoulを繋ぎ止める磁場として機能していたのです。
その会社はやがて別資本の傘下に入り、社名も変わりました。在籍時に目黒から川崎へ移転した際、「このタイミングで辞めるべきか」と真剣に考えたこともありましたが、今ではなんと 自宅から自転車で20分の距離に存在している というのが、何とも皮肉なめぐり合わせです。(ちなみに現在の職場は自転車で最速15分、週2回の通勤という環境になりました。)
音楽とは、記憶を呼び覚ます装置であり、時間を超えて私たちを過去へと連れ戻す乗り物のようなものです。このレコードに針を落とすたび、私はかつての自分と交差し、その瞬間ごとに違う感情が湧き上がります。それこそが、この一枚が私にとって単なるレコードではない理由なのです。
音の文脈──DJセットの中でこのレコードはどう生きるか
Rumania Montevideo – Still for your love をDJセットに組み込むとき、真っ先に思い浮かぶのはやはりthe brilliant greenとの相性の良さです。BPMやサウンドの質感が近く、両者を並べることで90年代の「UKロックに影響を受けた邦楽」の流れをスムーズに描けます。あの時代の空気を忠実に再現し、懐かしむようなミックスにするのも一つの選択肢でしょう。一時期のMr.Childrenなんかも合いそうです。
しかし、それだけではない。この曲の魅力は、変化を生み出すトランジション としての機能にもあります。BPMが大きく異なる曲、あるいは倍のテンポを持つアップテンポな楽曲に対し、カットイン的にサビから差し込む ことで、ドラマティックな切り替えを演出することができます。イントロを丁寧につなぐのではなく、あえて唐突にサビを放り込む。そこには、音楽の流れを断ち切るのではなく、意図的に「別の空気を呼び込む」面白さがあります。
さらに、最近ではシューゲイザーの要素を取り入れたアイドルグループなども登場し、こうした浮遊感のあるサウンドや音の壁が再評価されています。その流れに合わせ、シューゲイザー的な音像を持つ曲と組み合わせるのも妙味があります。たとえば、ぼやけたギターのアルペジオが響くバンドサウンドの中に、意外性のあるJPOPのリリックが入り込む ことで、まったく新しい感覚を生み出すことができるでしょう。
また、実はこの曲には特定のジャンルに固定されない「どこにでも馴染む万能さ」があります。派手なようでいて決して主張しすぎず、地味なようでいて実は強度がある。アップテンポなセットの中に配置しても、ダウンテンポなセットの流れの中でも、その場の空気を見極めながら自然に馴染む。「どんな流れにも適応できる」 という点で、意外にもオールラウンドな一曲なのかもしれません。
DJセットにおいて、このレコードをどの瞬間で響かせるか。それは選曲者の解釈次第ですが、90年代のノスタルジーに浸るのも、シューゲイザー的な文脈に溶け込ませるのも、あるいはアップテンポの中に意図的に挿入するのも、その時々で異なる役割を果たしてくれるはずです。音楽の流れの中で、この曲が持つ「静かな強さ」をどう引き出すか──それこそが、DJにとっての醍醐味とも言えそうです。
今回は以上となります。
昨年、BPM90と180の両極端な速さで緩急を楽しめるDJ MIXをMIXCLOUDにアップしていますので、是非聴いてみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
あなたにも、時を超えて手放せない一枚があるでしょうか。
それが、記憶の奥深くで静かに脈打ち、人生の断片を照らし続ける光でありますように。
どうか、その旋律とともに、あなたの心と身体が健やかでありますように。
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