For English readers: I’ve translated this article into English! You can read it here:
The Records I Couldn’t Let Go #9 – TRUE SOLACE – THANK YOU
音楽が繋いでくれるご縁に恵まれ、少しずつDJ出演の機会をいただいています。
DJ・ライブ出演、楽曲制作などお気軽にお声がけください。
一緒に音楽を楽しめる機会を、心よりお待ちしております。
#捨てレコ 第9回。
闇の奥から、円盤が緩やかに回り始める。静かな震えが部屋を満たし、針の軌跡は見えない星座を描き出す。その瞬間、私だけの宇宙が広がる。今はもう失われた、あの光景。
幾千もの円盤から救い出された、時を超える音の破片。今宵、その特別な一枚をあなたへ。
今回は、何度もDJの現場でかけ、UstreamのDJ配信では多くの人に届けと願い、自室でも聴き続けた一枚、True Solaceの”Thank You (DJ Spen & Karizma Club Mix)” について綴ります。
1. 響きと造形──このレコードが宿す音の手触り
ジャケットが物語る時代の息吹、盤面に刻まれた音の質感、そして針を落とした瞬間に広がる世界。その造形美と響きを解き明かします。
2. 記憶の座標──この一枚と私の交差点
いつ、どこで、どのように出会い、なぜ最後まで手放せなかったのか。個人的な体験を超え、音楽が持つ記憶の磁力について綴ります。
3. 音の文脈──DJセットの中でこのレコードはどう生きるか
選曲の流れの中で、どの瞬間に鳴らすべき一枚なのか。フロアの温度と共鳴し、他の楽曲と響き合うことで生まれる新たな物語を探ります。
響きと造形──このレコードが宿す音の手触り
■曲
※SpotifyやiTunesに同名のリミックスが掲載されていますが、レコードのものと異なっているようです。私が愛聴しているのは、このYouTubeにアップされているバージョンです。
True Solaceは、1990年代に活動したイギリス・ロンドン出身の5人組女性ゴスペルグループです。メンバーは、リードシンガーのロレッタ・アクパン(Loretta Akpan)、ヨランダ・アントニオ(Yolanda Antonio)、スザン・パターソン=スミス(Susane Patterson-Smith)、シェリー・ピニェイロ(Sheree Pinheiro)、マルシア・ウォルダー(Marcia Walder) で構成されていました。
彼女たちは、R&B、レゲエ、ヒップホップ、ポップ、ファンクなど多彩な要素を取り入れたゴスペル音楽を展開し、1999年にデビューシングル 「Thank You」 をリリース。同年夏には、デビューアルバム『A New Beginning』をAtlantic Records から発表しています。
特に「Thank You」 は、アメリカ・ボルチモアのハウスミュージックプロダクションチーム、The Basement BoysのDJ Spen & Karizma名コンビによるリミックスが施され、ゴスペルとハウスミュージックを融合させた楽曲として注目を集めました。The Basement Boysは、1986年に結成され、Ultra Naté やCrystal Waters などのアーティストのプロデュースやリミックスを手掛けたことで知られています。
「Thank You」 はゴスペルの豊かな響きと、ハウスミュージックの洗練されたリズムが融合した、まさに時代を超えて愛されるべき楽曲です。
また、このレコードにはEric Kupper が手掛けた「Thank You (Classic Mix)」も収録されています。邦楽メインのDJやリスナーの方々の中には、YUKI「JOY」のEric Kupper Remix に触れたことがある方も多いかもしれません。
記憶の座標──この一枚と私の交差点
ハウスミュージックのレコードを集め続ける中で、次第にソウルフルでエモーショナルなハウスよりも、エッジなトラックと面白いギミックがふんだんに仕掛けられているようなシカゴハウスや、対照的にかなりディープで深い海に潜り込んでゆくようなディープハウス、土臭さと浮遊感が同居したようなディスコダブといったものが関心の対象となってゆきました。
しかし、そんな中でこの楽曲に出会い、一瞬でその魅力に惹かれました。
繰り返される「Thank you」。
ゴスペルの魂を感じさせる壮大なコーラスワーク。
ブラスと共に訪れる転調がドラマティックで、まるで祈りが昇華されるような感覚。
生音で録音されたグルーヴィーなベースライン、焼けつくハモンドオルガンの響き、実直とも言えるギターカッティング。
そして、終盤の8分頃、大きくフェードアウトしていくかと思いきや、ベースとブラスを合図にリズムが再び戻る、あの展開。
特にベースラインとオルガンの音に集中していると、感極まり涙がこぼれることもあります。
オンライン上で高音質の音源を見つけられなかったのは残念ですが、四半世紀が経った今も、遠く離れた日本の地でこのレコードを大切に思う人間がいることを、彼女たちやThe Basement Boysに伝えたい。心からの感謝を伝えたいです。
リミックス名義の片割れDJ Karizmaについて、詳細を思い出せないが一時期繰り返し聴いていたDJ MIXがあります。大胆なアイソレーターの使い方などDJプレイにも影響を受けました。その中で知った
・Africanism & liquid people / Don’t You Go Away
この曲が本当に好きで色々なバージョンを聴いたり、DJでも多用しました。「Don’t You Go Away」を収録した自分のラテンハウス特化DJ MIXについて以下コラムで触れていますので、併せてご覧ください。
音の文脈──DJセットの中でこのレコードはどう生きるか
この楽曲は私にとって非常にエモーショナルなため、DJプレイの中で冷静に繋ぎを考えるのが難しい楽曲のひとつです。そのため、直前にかける楽曲は、極端にエモーショナルなものではなく、一呼吸おけるような選曲をしたいと考えています。
例えば、以下のようなトラックでしょうか。
・Masters At Work feat. India – To Be In Love (Straight From The Studio Mix)
・Moodymann – I Can’t Kick This Feeling When It Hits
・Osunlade – Envision (Yoruba Soul Mix)
そして、「Thank You」 をフルでかける。
Thank youをかけた後に、さらに続くトラックを考えることは、私の中ではあまりありません。
長尺ではありますが、その場にいる人々や、共に空間を作り上げているアーティスト、DJたちへ感謝の気持ちを込めて、パーティの終盤にふさわしい一曲としてプレイしたいと考えています。
選曲の流れを考えるというよりも、この楽曲をゴールにするために、どのように夜の流れ、DJ、ライブの出演順を組み立てるか。それを考えることのほうが、このレコードに対してふさわしいアプローチとさえ感じます。
一方で、パーティの流れとして脈絡がなくとも、お客さんからアンコールを求められたとき、このレコードで感謝を示すこともあります。実際に一度、そのようなシチュエーションがありました。その時、一人のハウスミュージック好きの女性が、心から喜んでいるのが伝わってきた瞬間がありました。
私が音楽を選び、道具として使っているのではなく、音楽そのものや関わる人々に助けられてきたのだと強く実感した夜でした。それでも時に傲慢に「音楽や他人の曲を使う」という態度をとってしまっているという自覚や反省を忘れずにいたいです。
「Thank You」 は、ただのレコードではありません。私にとって「感謝の象徴」であり、「音楽が持つ奇跡」そのものです。
最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。
あなたの人生にも、時を超えて手放せない音があるのではないでしょうか。
それは深い記憶の中で、いつまでも鮮やかに輝き続ける星のような存在。
その永遠なる響きが、あなたの明日を優しく照らしてゆきますように。
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