ジジイになってからエヴァ完結を観ても何の意味も無い

ジジイになってからエヴァ完結を観ても何の意味も無い

「ジジイになってからエヴァ完結を観ても何の意味も無い」

ずっとそう言ってきたし、本当にジジイになってしまい、完結よりも庵野が死ぬのが先か自分が死ぬのが先か、という問題の方が切実に。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」上映開始してからもしばらくRG(老害)フィールドは展開されっぱなしで、「爽やかなミュージックと綾波の爽やかな展開でこれ直後にドン底に突き落とすパターン来るでしょ、やめてくんない?」みたいに捻くれていました。

だのに。

・・・ラスト30分くらい、声が出そうなくらいずっと泣いてました。

また、東日本大震災のあと行った気仙沼の風景と、シンジ君が家出をしていた場所がオーバーラップし、津波を思わせる演出もあり・・・大詰めのミサトさんの覚悟、シンジ君の覚醒、どれもクるものがありました。

幸せを呼ぶ檜山沙耶さんとおじさん

上記ブログでも書きました通り、檜山沙耶さんが教えてくれたヴァイオレットエヴァーガーデンが、最後には「火」を肯定、平和の象徴として位置付け戦火・災いをもたらす火との対比を描いたように、エヴァでも逡巡や反芻を重ねたうえにあの展開、結末があったのかと思うと、その結論に賛成とか反対ではなく、ただただ噛み締めようという気持ちになってきます。

良く戦争もの、バトルもので、ベテラン勢が「坊や、童貞を捨てたな」(山寺宏一ボイスで)と、勢い余って倒すどころか敵を殺してしまった少年兵に対して茶化すシーンがあるような気がしますが、ヴァイオレットも、ガンダム00の刹那Fセイエイも、そしてシンジ君も、必要十分な愛を受け成長する前に、幼くして戦争・殺しの中に身を置くんですね。

あの孫悟空ですらスーパーサイヤ人になったのは息子が生まれたあとなのに、刹那やシンジ君は女を知る前に覚醒してしまいます。スーパーサイヤ人になった刹那がババアになったマリナイスマイールの元に行ったのを観て映画館で私は号泣しましたが、スーパーサイヤ人とババアが抱き合うなんて漫☆画太郎先生の漫画ですら見られないかもしれない展開です。

オリンピック関連で、私よりも更なる業を深め極めたジジイ(大先輩)たちが冷たい炎上を連日巻き起こしています。ラストシーンの目隠しをされたシンジ君のセリフには若干彼らの失策に似たバイブスやスベリを感じ、大先輩たちに対する批判同様には殊更それを騒ぎ立てる気力も無くむしろなんだか一億総PTA化してんなぁというような気持ちにもなりますが、

童貞

大学デビュー感満載のシンジ君に対して、本当に脳内にこのインタビューが浮かんでしまったんです。

ジャックバウアーよろしくの24的でもあり、ご都合主義的にも感じてしまう、「色んな幸運(不運)が重なって」、唯一の可能性に賭けてミサトさんが覚悟を決め込むシーン。シンジ君が覚醒し、不敵な笑みや意味深なセリフの皮を被ったクソ拗らせ限界童貞野郎の碇ゲンドウ(限界童貞→ゲンドウ!?)を圧倒するシーン。親→子の愛、子→親の愛に、そして様々な愛に涙しました。

ジジイになってくるとね、独身でも(いや、むしろ独身だから?) 親→子 のシーンがクるんですよ泣。少年は、思春期に、老い始めた父親の体格や体力を凌ぎはじめ逆転する頃、愛や性についても実感を強め始める。バキが面白かったのは逆にそれを許さなかったからでもあります笑。

そんなピュアな感動に浸っていたのに、ラストのシンジ君はスーツのはるやまで買ったような服を身にまとい、大学デビュー丸出し発言をして私を虚無の深淵に突き落としたのです・・・

旧約聖書やフリーメイソンを持ち出しているため、受け手も何でもかんでも「考察」みたいになって、「あなたの番です」の時もその深読みムーブに気持ち悪さを感じましたが、萌えやコンプレックスのような”マテリアル” “パワー” “ベタ”には細かなプロットや作りこみでは勝てないところもある、と認め、それらにただただ圧倒されようという態度を持てなければ、エヴァや制作者側の用意した結末が腑に落ちることは未来永劫無いでしょう。

限界童貞ゲンドウの活力、それは今回の完結編を観るまでもなく様々なところで語られていたかと思います。アイドル(偶像、また今日的な”アイドル”の両方)に対し、恋愛を求める者、母を求める者、同質化を求める者、友人を求める者、日常を求める者、娘・孫を求める者・・・それとエヴァンゲリオンのキャラクター達を重ねてみるとかなりしっくり来ました。

アイドル現場には、ジジイがいます、カヲル君みたいな「お前人生何周目だよ」みたいに妙に達観した事をブログに長文で書く奴がいます(それでいてボロも出したりする)、加持さんみたいに性的に困って無さそうだけど現場に来る奴がいます、喧嘩っぱやいトウジがいます、承認欲求全開の女もいます・・・

卒業したアイドルや過去のスキャンダルのことを何年経ってもグチグチ言っている人間たちが心底理解出来なかったのですが、ゲンドウを見ているとなんとなくわかってきました。彼女たちをどうにかしたいからグチグチ言っているのではなく、グチグチ言うことをやめないからいつまでも心に棲みついているのです。「自分は愛されていない」という思考・言動を繰り返すから、そうなってゆくのです。書いてて凄く苦しくなってきた。

人の優しさに触れ、人のために変わることが出来たシンジ君は本当に美しかった。急に180度変わり過ぎた気もしたけどそれでも良かった。大学デビューなどと言ってすみませんでした。残りの人生で何万人でも爆乳をその手にする権利をシンジ君は持っています。

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